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シニアプロ髙橋勝成のライフワーク! 勝紀杯スナッグゴルフ大会が20回目の記念大会

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  • 記念大会は嬉し恥ずかし歌手デビューの日!!
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  • もうひとつの大会テーマ曲に合わせて、体操のお姉さんの合図で躍る躍る、髙橋夫妻。開催前のウォーミングアップ
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  • これもウォーミングアップのひとつで?! げんきジムのみなさんのプロデュースによる開催前の余興もまた参加者たちに大人気! 髙橋も一緒になって大はしゃぎ
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  • 愛息の同級生が、弟を連れて来てくれた。長く大会を続けてきた醍醐味のひとつ
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  • 1打目を打つなり土砂降りの雨。安全を最優先に中止を決断して、コースに散らばった子どもたちを一人残らず、避難させる髙橋。

お盆を翌週に控えて、亡き愛息の気配を感じながらの記念大会となった。8月8日に、兵庫県の武庫ノ台ゴルフコースのスナッグゴルフ特設コースで行われた20回目の「勝紀杯スナッグゴルフ大会」は、あいにくの雨も、思い出はあざやかに蘇った。

年2回の開催を重ねて10年目の今年は、大会主催の髙橋勝成にとっては特に、「思いも寄らない大会になりました」。この日は、髙橋の歌手デビューの記念の日となり、「人生、ほんと何が起きるか分からない!」。
開催コースをはじめ、ここ10年ほとんど顔ぶれが変わらないボランティア有志の会のみなさんや、たくさんの協賛社のみなさんの中でも長きにわたり、大会の安全や健康を支えて下さる「げんきジム」のみなさんは、かつてテレビで体操のお兄さん、お姉さんとして活躍していた米田和正さんと山田美紀子さんご夫婦との雑談の中である日、記念の大会を機に「テーマ曲を作ろう」ということになった。

その作詞を任された髙橋は、初体験に戸惑いながらも「やっぱり、最後は息子のところに気持ちが入っていく自分がいた」。大会翌日の9日に、10年目の命日を迎える。2004年に白血病のため、この世を去った。4歳で病床についた次男の勝紀くんが、9年という短い人生で、一番の生き甲斐だったのがスナッグゴルフだった。

息子が小学校でひそかにチームを作っていたことは、勝紀くんが亡くなってから知った。チームメイトを失ったメンバーは、その半年後に悲しみを乗り越えてスナッグゴルフの全国大会への出場を果たした。
チームメイトや亡き息子の熱い思いを知った父親が、第1回勝紀スナッグゴルフ大会を起ち上げたのが、翌年の1月9日は勝紀くんの誕生日。
「それがまさか、こんなに長く続くとは・・・!!」。後援をつとめる当機構も含めて今や20の企業や団体が協力・協賛に名前を連ねてくださるようになり、髙橋がつくづくと思うのは「人は一人ではなんにも出来ない。大勢の方々に支えていただいて、初めて人は生かされる」。

♪生きているということ。それは感謝すること♪

2年後の紅白を目指していると豪語(?!)する髙橋のデビュー曲には、亡き息子への愛情がぎっしりと詰まっている。もしも生きていれば、成人式前の勝紀くんにも言って聞かせたいことだ。
「人は一人では生きていけないけれど、でも時には一人で頑張らなければいけない時期もあるとか、苦しいときも、めげないで頑張ろうとか、人は何かに試されて生きているんだよ、とか・・・。こういうふうに育てたかったという思い」。

♪生きているということ。それはくじけないこと。努力すること。手を振って胸張って、前に進もう♪

「あと、友達を大切にするとか、友達を絶対に裏切らないとか・・・」

♪友達と肩組んで、前に進もう・・・!!♪

「もしも生きていたら、いまどんな風になっていたかと考えない日はない」という母親の由貴子さん。「・・・生意気とか言ったかな?!」と笑う父親。夫婦がつい、思いを重ねる顔が今年の参加者の中にも。

勝紀くんと幼なじみの関戸達也さんが今年、久しぶりに大会に来てくれた。開会式でデビュー曲をお披露目した髙橋には驚いた様子で、「でも歌詞が凄くポジティブでいいですね」。関戸さんにとって勝紀くんとの思い出は、深い悲しみの中にある。「ある日、机に向かい合った僕の母さんが急に泣き出して・・・。勝紀くんが亡くなったのよ、って。母さんと2人で号泣したこととか」。生前も勝紀くんの闘病中に、見舞いに行った思い出など、どちらかというと、沈んだ記憶が多いという関戸さんだが、それでも確信を持って思うのは、「勝紀くんが生きていたら、今ごろは絶対にプロゴルファーか、野球選手を目指していた」ということ。

両親譲りで幼いころから体格が良かった勝紀くん。「絶対にスポーツの道を選んでいたと思います」と断言した関戸さんはといえば、近々留学を目指して大阪国際大学で、猛勉強中だ。
「どの道を歩むにしろ関戸くんのように、第1回大会から参加してくれている子が10年経って、自分の夢に向かって頑張っている姿が見られることは本当に嬉しいこと」と、髙橋は言う。

関戸さんの弟の彩人くんは奇しくも勝紀くんが亡くなった年に生まれたが体が弱く、それでも親御さんが「出来ることは何でもやらせてやりたい」と昨年からこの大会に参加している。プレーの前に、トイレに行っておけというお兄ちゃんに反抗して泣きべそをかく彩人くん。なんとか言い聞かせようと、9つ下の弟の世話を焼く関戸さん。その様子をじっと笑顔で見守っていた髙橋夫妻。

髙橋が大会の一番の目的に掲げる。「みんなが健康であることの大切さを実感し、親子、友達、世代間の交流を行うことで、思いやりや礼儀など道徳観を学ぶこと」。大会の存続は経費の面も含めて並大抵のことではないが、「また10年後にいまここにいる子たちの立派な成長を見届けることが出来ますように。そのためにもこの先10年、20年と、大会を続けていけるといいな、と思います」(髙橋)。

この日は台風11号の影響で、14時にティオフするなり土砂降りの雨に、あいにく中止が決まり、髙橋の歌手デビューのお披露目だけで終わってしまった記念大会も、髙橋が思いを新たにするには十分の1日となった。

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