ISPSハンダグローバルカップ 2015

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記念すべき初代チャンピオンは武藤俊憲

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  • ウィニングボールはギャラリーのみなさんへ!
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  • お代官さま・・・!?
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  • あっぱれ
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  • ヒーローインタビューでは、娘のことを思ってつい涙が・・・

最終日は主催者の意向にみごとに添った優勝争いになった。今年新たに誕生した「ISPSハンダグローバルカップ」の大会趣旨はまず「チャリティーを進化させ、スポーツの力で社会をよりよく」。そして、もうひとつの柱が、タイトルにもあるように、「世界に通じるグローバルなゴルフトーナメントを!」。

その狙いどおりに、豪州、フィリピン、ニュージーランド。イングランドに南アフリカ・・・。さまざまな国旗がたなびく最終日となった。各国の選手が抜きつ抜かれつ。まさにグローバルなV争いの最後に、いよいよ頂点に立ったのは、日本のサムライ。

「表彰式は、日本の最上級の礼装で」と、紋付き袴姿で現れた半田晴久・大会会長は、マスターズのグリーンジャケットに対抗(?!)して“グリーン・羽織”を用意して、優勝副賞の地元産の米俵一俵を、年貢よろしく勝者に捧げて「お代官様・・・!」とコントのように仰ぎ奉りたかったようだが、その栄誉に預かったのは、代官様とはちょっと違って、かつて「物言わぬサムライ」と言われた男。

水シャワーの手荒い祝福で、「目が覚めたやろう?!」と、お祝いに駆けつけた谷口徹。武藤によく言っていたものだ。「プロは謙虚なだけじゃダメ。思ったことを素直に、明日はオレが勝つとか。もっと自分を出していけ」。デビュー当時は師匠もじれったくなるほど口べたで、礼儀正しい男であった。
今や、そこに日本を代表するトッププロの風格も備わって、お祝いの小道具として半田会長から差し出された黄金の扇子など、主催者が用意した和風な表彰式にも、もっともふさわしい男が初代のチャンピオンに輝いた。

国際色豊かなV争いの中にあっても、この日の最終組は同級生との“群馬対決”。「東と、俺たち日本人の誰かが勝てればいいなって、話していた」。武藤が、日本男児の意地を見せた。「勝てて良かった」とサムライが、初めて見せた男の涙・・・。

3年ぶりのツアー通算6勝目は、「生みの苦しみ」。一時は首位に6人が並ぶなど、大混戦となった。首位がめまぐるしく入れ替わる中で「バーディ欲しくて。狙っていったらボギーになるし」。
じりじりと次のチャンスを待った。フィリピンのアンジェロ・キューが、通算14アンダーでいち抜けた。「16番で、それを知って」。専属キャディの小田亨さんと話した。
「ここからあと2つ取ろう、と」。サムライに、二言はなかった。有言実行の上がりの3ホールはまず16番で、ねじ込んだ。「奥から20メートルもの下りのフック。きれいに入ってくれた」と次の17番は、夢中でパーを拾い、迎えた18番は左からの5メートルが決まった。
追いついた。キューと、自身初のプレーオフに持ち込んだ。1ホール目の2打目は「ギャンブルといえば、ギャンブル」。左の林の奥からの2打目。睨んだ先は、わずか半径2メートルほどの木と木の隙間。「ここまで来たら、あとは勝つか負けるか。あそこに抜かないと勝てない。自分を信じて打った。勝負したのが、2ホール目につながった」と、渾身のパーセーブで応戦すると、ついに2メートルのバーディパットが嬉しいウィニングパットになった。

これまでの5勝でも、見せなかった涙。ケガに泣いた昨年。試合中にコースの窪地に足を取られて靱帯断裂。どうにか手術は免れたが、「これで自分は終わりかもしれない」。懸命のリハビリは、そんな恐怖との戦いでもあった。
それだけに、その最中の娘の無邪気なおねだりが、胸に堪えた。6歳になる次女の亜耶(あや)ちゃん。「今まで5つも勝てたんだから。6個目も出来るよね?」。なかなか娘の願いを叶えてやれない心苦しさ。「パパは何で勝ってくれないの」と、聞かれて答えられない不甲斐なさ。
「子どもの一言は重かった」。
待ちわびた家族に、やっと6つめの勝ち星を捧げたお父さん。各国の強豪を従えればなおさら胸を張って、報告出来る。「今週だけは、イアンよりも上手かったと。そこは、自信を持っていい」。
ポールターや、シュワーツェル。ダフナーにセンデン。武藤がプレーオフで制したキューも、最終的には今回、日本ツアーのファイナルQT31位の資格で出場権を取ったが当初は、アジアンツアーからの推薦として候補にあがっていた選手であった。

半田・大会会長が、この第1回大会を開催するにあたって、世界6大ツアーを代表する選手たちをここ、山梨県のヴィンテージゴルフ倶楽部に集結させたのは、今大会において世界ランクの加算ポイントを上げて大会の価値をいっそう高めるためだった。
半田会長によるとこの1勝は国内ツアーとしては、公式戦の日本オープンに次ぐポイントの高さになる見込みであるという。そんな記念の大会で、日本ツアーの選手が初代チャンピオンに輝いた主催者の喜びようは、半田会長の表彰スピーチが、20分あまりに及んだことでも十分に窺えた。

「日本にも、こんな選手がいるんだ、と。世界にアピール出来たことが嬉しい」と武藤。今年、3人目の日本人覇者に輝いたことで、どうにか現状を打破したい欲求も出てきた。
強い者が勝つ。その現実は承知しているし、共に日本ツアーで戦っている限り、誰がどこの国の選手と区別するつもりはない。それでも、武藤が日本選手を代表する身としてなお気になるのは現在、賞金ランクの上位5人を、外国人選手に独占されていることだ。
「僕らもそこにきっちりと、割り込んでいかなければいけない」。その自覚を新たにした1勝となった。「やるからには、トップになってやろうと思ってやらないとしょうがない。しっかりと、積み重ねていって、賞金王になれたらいい」。まだツアーは中盤戦にさしかかったばかりで、早々に初の戴冠も視野に入れた。

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