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2009年は開幕戦の『東建ホームメイトカップ』をはじめ首位スタートが3試合。ただ、それを初優勝という結果には結び付けられなかった。22試合に出場して予選落ちは2試合だけと安定感は増した。賞金ランクは過去最高の36位。好位置から最終日にスコアを落とすことが目立ったのが課題だろう。
和歌山県出身。那智中学3年と東京学館浦安高校2年の時に『日本ジュニア』で優勝。日本大学時代には『日本アママッチプレー』などを制した。プロ入り4年目の00年に初シードを獲得。165cmと小さな体ながら同年のドライビングディスタンス8位に入る飛ばし屋だった。
しかし、さあこれからという時に頚椎ヘルニアを患って戦線離脱。選手生命の危機に立たされていた。さまざまな治療と手術、懸命のリハビリを経て徐々に回復。一時100kgを超えていた体重も絞り込んで06年にシード復活を果たし、以降4年連続でシードをキープしている。
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